【掌編】和風ホラー

 澄んだ空気を切り裂いて、トーン、トーン、と鞠をつく音が通りをはしる。
 闇一色に塗り込められた都路にゆらりと女童(めのわらわ)が浮かび上がった。
 漆黒の髪は豊かに艶やかで、闇の中浮かび上がる童の纏う緋色の衣から出た白い手が鞠をつく。
「……姉三六角蛸錦……」

 口ずさむは手鞠歌。
「……四綾仏高松万五条……」
 そこまで歌ったところで、鞠が大きく跳ねた。
 コロコロと転がった鞠が、ぴたりと止まったその先には、若い男が立っていた。
 恐らく宿直でもしていたのだろうその姿。
 しかしふらふらと定まらぬ腰に焦点のあわぬ虚ろな目。
「今日の贄は五条からというきまりよ……あなたは、五条の住人ね?」
 童の囁くような問いかけに、男はこっくりと頷いた。
 鞠を拾い上げた童は、男のそばにふわりと寄り添い。
 筋張った首筋に爪を立てた。

 流れる血をぺろりと舐め、味を確かめるように、赤い舌がちろちろと動いた。
 次に童が口を開いたそこには、鋭い牙がのぞく。
 じゅるり、じゅるりと、と生暖かい液体を啜る音が響いた。

 「明日は、雪駄ちゃらちゃら魚棚……」
 くすくす、と笑った童は掻き消え、後には干からびた男の身体だけが残っていた。

【終】
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