【掌編】伊達政宗
奥州にも、春が来た。
梵天丸の背丈を超すほどに積もった雪がようやくとけはじめた其処此処に、幾つもの骸(むくろ)が見え隠れしている。
「こじゅろ、あれは、敵か味方か」
「あれは戦に巻き込まれた民にございましょう」
たみ、と寒さに震える唇が動く。
「民が居らねば国は成り立ちませぬ。これ以上、民を苦しめたり死なせてはなりませぬ。護るのが我らのつとめ。おわかりか?」
利発そうな光を湛えた隻眼が小十郎を真っ直ぐ見る。言葉では理解しているようだが、それでは足らぬ。
ふと思い付き、小十郎は失礼と呟いてカタカタと震える小さな体を抱き上げた。
そのまま、丘の上に上がる。
「これが、現状です」
踏み荒らされた田畑、焼け落ちた民家。
敵か味方かもわからぬ屍の重なる川。
それに臆することなく、幼い主はきょろきょろと辺りを見回した。
「こじゅろ、誰もおらぬ」
「今はまだ、家の中にいるのでしょう」
小十郎は、春が来たと言うのにひっそりと息を詰める民の様子や、徴兵や敵襲に怯え疲弊した民の暮らしを語って聞かせた。
それらの話は、幼子に聞かせるには些か残虐で難解であったかもしれない。
「こじゅろ、戦とはひどいな」
「そうです」
どうなさいますか、と問えば、主は小十郎の首にぎゅっとしがみついてきた。
「戦の回数、死ぬる民の数は少なければ少ないほどいいのだろう。しかし他国に攻められてはいけない。どうしたらいい……」
数年後、元服し伊達政宗と名乗った彼は、あの丘に軍師・片倉小十郎と来ていた。
「政宗様」
「小十郎、あの時の答えだ。おれは奥州を統一する」
「はっ」
「敵が居らねば良い。乱世が終われば良い。違うか?」
その横顔には幼さと逞しさが混在している。
「おれはお前に手を引かれて外へ出た。今度はこの政宗が、お前の手を引いて天下へ躍り出る」
「どこまでも、お供いたしましょうぞ!」
小十郎の返答に、政宗の左目がにっと眇められた。
【終】
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