泥棒【BL。沖田×藤堂】

 藤堂平助はいつも、自室の障子や襖をほんの少し開けている。
 新選組にいるころから、そうだった。
 よもや新選組の屯所に金品を盗みに入る馬鹿はいないだろうが、命をとろうと狙っている馬鹿はいるかもしれない。
 江戸からの仲間が何度か注意したが、
「なんか、ぴっちり閉ざされた空間が苦手なんだ」
 と、苦笑いを浮かべていた。
 それは高台寺へ移ってきた今も変わらない。
「藤堂君、待ちたまえ。どうぞ刺客に入ってくださいと言っている様なものだ。君はよくても我々は困るのだよ」
 伊東甲子太郎などが度々そう言うが、平助は微笑を浮かべるばかり、いっこうに改める気配はない。
(だって……待ってるんだもん、おれ)

 長年、自分でもわからなかった。どうしてわざわざ隙を作っているのか。
 しかしここへきて、悟った。
 誰かが自分を助けてくれるのを、待っているのだ。
 
 ごろん、と仰向けに引っくり返って目を閉じていた彼の耳に、かさかさ、と音が届いた。
 聞きなれた、足音だ。平助はむっくりと起き上がった。
「総司!」
 小さく声をかけて襖の間から腕を伸ばすと、なじみの感覚が手のひらに触れた。
 沖田総司がそこにいる。前回あったときより、痩せているのがわかるが、口には出さない。
「総司、おれを殺しに来てくれたの?」
「馬鹿、今日は非番だよ。遊びに来た」
 平助はちょっと泣きそうな顔をした。
 いくら天才剣士・沖田総司でも、昼日中に御陵衛士の屯所に単身もぐりこむなんて、危険極まりない。
「はやく入って。誰かに見つかるといけないから」
「人目を忍んで入るって、なんだか盗人みたいだな」
「何も盗る物、ないけどね」
 部屋に入った総司はぐるっと部屋を見渡した。確かに、物がほとんどない。
 くすっ、と笑った総司は、大真面目な顔で平助を抱き寄せた。
「……あるさ、御陵衛士から、伊東先生から、お前を盗ってやる」
「うわっ、いったい誰に教わったのさ、そんな恥ずかしい台詞。馴染みの芸妓? それとも土方さん?」
 ぴったり抱き合っているから互いの顔は見えない。しかし、恐らく二人とも、顔は真っ赤だろう。
 そしてたぶん。真顔。

 「藤堂君、これはどういうことか説明してもらおうか」
 眦《まなじり》を吊り上げた、伊東の側近が平助に掴みかかった。
 そのまま日が傾き、二人で酒を酌み交わしているところへ、彼らがやってきてしまったのだ。
「俺が平助に会いたかったから、こっそり来た。正面から来たんじゃ、会わせて貰えない。だから、こっそり入った。それだけだ。隊士のやりとりは禁止されたけど、平助と会うなとは言われていないし」
 総司がしれっと白状するが、誰も信じていないらしい。刀の鯉口を切るものまでいる始末だ。
「内海さん、総司とはっ……そのっ……恋仲なんです。だから、危険を承知で会いに来てくれたんです」
 真っ赤になって叫んだ平助の告白に、内海や加納たちの動きが止まった。だが、疑惑の眼差しは総司に注がれたままだ。
「そんな……信じられないぞ。新選組にいたときからの仲か?」
「はい、そうです」
 素直にうなずいた平助の横で、ふいに総司が咳き込みだした。
 平助がすぐに総司の側へ飛んでいって背中をさすり、総司がその腕にしがみつく。その唇から赤い血が零れ落ち、この青年の命が短いことを告げている。
「馬鹿総司、だから無理はだめだっていったのに……」
「何が無理なのさ? ここへ来たこと? 平助を抱いたこと? 酒を呑んだこと? ずっと起きていたこと?」
「全部だよ、全部! 今度は俺が尋ねていくから療養してよ。こうして皆に知られちゃったことだし」
 その姿で、会話で、平助の告白が偽りではないと、知る。

 「藤堂君……君ときたら……。どうしてこんな大事なことを早く言わなかったんだ」
「ごめんなさい」
 はあ、と内海がため息をついた。
「君たちの関係を知っていれば他に何か……考えたものを……。土方くんや近藤さんは知っているのか?」
 知らないと思う、と総司が苦しげに答えた。
「そう、だろうね……」
 その後、誰が何をどう呟いたのかなど、平助の耳には届いていない。咳き込み、苦しげにもがく総司を横にさせる。
「……沖田君は散歩の途中、具合が悪くなって知り合いのいるここへ担ぎ込まれた。ゆっくり休んで行きたまえ。看病には藤堂君をつけよう」
 いつの間に来ていたのか、伊東がそう言い、幹部たちをつれて平助の部屋を出て行った。

 それから数刻後。
 門のところから、ひっそりと総司を見送る平助の姿があった。
 誰がどうみても、悲恋に違いない。二人は敵同士だ。いつ殺しあうかわからない。
 それに、いつ総司が病で死ぬかもわからない。
 だが、二人は笑っていた。
「また、会いに来るよ」
「わかったわかった、途中で倒れても知らないからね」
 その二人を物陰から盗み見ていた伊東が、小さく吐き捨てた。
「沖田総司、とんでもない泥棒だったな……早急に始末しなければ……」

【了】

――あとがき――

これは大昔に自サイトに掲載していたものを、若干手直ししして読みやすくして「なろう」に掲載していました。
その頃から、平助大好きだったようです(笑)
モクジ
Copyright (c) 2013 kouga akatuki All rights reserved.
 

-Powered by HTML DWARF-